第1回:歯について

folder_open妙蔵寺たより, 髙橋常男

2022年9月「妙蔵寺たより 123号」掲載
歯と口の健康志向のはなし

前神奈川歯科大学大学院教授
髙橋 常男

新型コロナウイルスの流行「第7波」の急拡大が始まっています。全国的に感染者増の傾向にありますが、政府は行動制限をかけていません。夏ということもあり、熱中症対策で脱マスクをする人もいます。会話が感染の大きな原因となっていることから、会話をしないことを理由に、マスクを着けない人も以前より多く見かけるようになりました。未知の部分が多い感染症対策、やはり、いまは可及的に我慢のしどころということになりますでしょうか。

さて、本号から、超高齢社会の中にある我が国において、歯・口の健康が健康長寿に必要不可欠な要因であることを踏まえ、皆さまの「歯・口への健康志向」が高まることを願って、口腔保健についての基礎知識を解説していきたいと思います。

ヒトの「歯」は、石灰化組織としてエナメル質、象牙質、セメント質が認められますが、動物によってはエナメル質、セメント質の存在が疑わしい場合もあります。しかし、象牙質は必ず存在します。脊椎動物のうち最も下等な円口類(あごを持たない)のヤツメウナギには、口の中に歯ときわめて似た構造物が歯の役目をしていますが、これは石灰化組織でなく表皮が角化したもので、象牙質もないため歯とはいえません。

歯の起源は、約4億年前で、サメの皮膚(サメ肌)といわれています。サメの体表にある鱗(楯鱗・じゅんりん)は歯とほぼ同じ構造を持っており、口に近い鱗が口腔内に移動してきたものといわれています。

ヒトの歯の外形は、機能を担当する「歯冠」とそれを支える「歯根」、そして歯冠と歯根の移行部を「歯頸」とよんでいます。歯頸の周囲は口腔粘膜の続きである歯肉(歯ぐき)で取り巻かれています。歯肉の語義は歯を支える骨(歯槽骨;後述)を覆っている血管に富む(赤い色にみえる)軟らかい組織を肉と表現しています(図1)。

図1
図1

歯の外形は断面観でみると、歯はほぼ歯の外形に類似した象牙質を主体に、歯冠部ではエナメル質に覆われ、歯根部ではセメント質に覆われています。象牙質の内部にはその外形によく似た歯髄腔があり、血管・神経を含む結合組織の歯髄で満たされています。歯髄腔は、歯根の先端にある根尖孔で、歯の外界と交通しています。以上、まとめますと、歯とはエナメル質、象牙質、セメント質の3種の硬組織と歯髄からなる消化器官の1つです。歯の周囲にはセメント質、歯根膜、歯槽骨、そして歯肉の4つの組織が歯を支持しており、歯周組織といわれています。では、各組織について簡単に解説します(図1)。

エナメル質の組成は、約98%の無機質と約2%の有機質と水分よりなります。無機質はほとんどがリン酸カルシウムのハイドロキシアパタイト結晶です。身体の中で最も硬い組織で、ものの硬さを1~10段階に分けたモース硬度という指標でみると、水晶(モース硬度7)とほぼ同じ硬さです(ダイアモンド10)。その硬さは、反面脆く、小石を嚙んでしまったとき歯のほうが欠けることがあります。そして、「玉に瑕(キズ)」と言う表現がふさわしいほど、その表面に酸が触れただけで溶けてしまう弱点を有しています。
象牙質は、エナメル質と比べて無機質が約70%と少なく、約30%の有機質と水分でできていますので、硬さでは劣りますが、弾力性があります。象牙質は英語でdentinデンティンです。ちなみに歯科医の英語は象牙質を扱うひとということで、デンティンに由来するdentistデンティストとなります。もちろん、歯科は、tooth doctorで通じます。私のイメージですが、tooth doctor は、困った時だけ駆け込む時の歯科の先生で、しかしdentist のほうは診療専門性が高く、一生を通じてお付き合いをするドクターのイメージがあります。

象牙質は象牙細管(管状構造)とそれ以外の象牙基質よりなります(図2)。象牙質の形成に関わる象牙芽細胞の細胞体が歯髄の表層に存在し、その細胞突起は象牙細管のなかに存在しています。また、象牙細管の中には、歯髄表層にある象牙芽細胞の細胞突起と一緒に、知覚神経線維が侵入しています。したがって象牙質は生きた組織ですから、象牙質自体へ種々の刺激が加わると、防衛反応として、歯髄側で新たな象牙質の形成(修復)が認められます。

図2
図2

歯髄は、一般に神経とよばれる組織で、炎症で歯髄腔の内圧が高まると、硬組織で囲まれた閉鎖空間のため、また脳に近い位置でもあるので、歯髄炎は特に強い痛みを生じます(歯痛;次回)。

歯根膜は、歯根と歯槽骨を結びつけるための密な線維性の結合組織で、血管・神経に富んでいます。歯根膜中の主線維は、歯に加わる種々の方向からの咀嚼圧に対する緩衝的役割をしています。また、豊富な血管網の存在は、血管内の血液が咀嚼力に対して、クッションの働きをしています。咀嚼時にご飯の中の小石に気付けば、噛み込むことなく、瞬時に嚙む力を微妙に調節するのは歯根膜に痛覚や圧覚などの神経終末(神経線維の末端で感覚を感知する受容器)が存在しているからです。歯が丈夫という人は、歯根膜が丈夫であるといっても過言ではないです。

歯はあごの骨の中に植立していますが、歯根を入れている凹みの部分を「歯槽」といいます。水を貯める容れ物は水槽というように、歯を入れるものなので、歯槽とよんでいます。歯槽の入口を取り囲む自由縁(歯槽縁)をガラスのコップの辺縁(ヘリ)にたとえますと、炎症によってヘリは吸収され、徐々に歯槽の壁が低くなると、もはや歯を支えることもできなくなり、歯がクラグラ動いてくることになります。

歯槽骨は、歯槽の壁を作る骨で、あごの骨と一体となっています。加齢とともに無歯顎になってしまうと、歯槽骨はもう必要ないので、あごの骨は最小限まで萎縮してしまいます。総入れ歯もしていないご老人特有の顔の下半分が上下にクシャンとしてみえます。
今回は歯の「構造とその特徴」について述べました。次回は、「むし歯と歯痛」について解説したいと思います。

髙橋 常男(たかはし つねお)

元神奈川歯科大学大学院 教授
モンゴル国立医療大学 客員教授
関東歯科衛生士専門学校 非常勤講師
国際文化学園理容美容専門学校 非常勤講師

CHIHIRO ENTERPRISE(株) 大学内
神奈川歯科大学百周年記念資料館 副館長(横須賀)

和田精密歯研(株)東日本加工センター内
歯・口は “いのち”の源 健康長寿資料館 館長(福島)

医療法人社団純貴会
リエゾンゆりがおか療養センター 理事長

様々な役職を担いながら、人と人とをつなぐことで社会や福祉及び国際親善活動を積極的に行っている。児童を対象(親子参加)に、理科・科学の楽しさを実感できるLiCaClUB を令和元年に結成。小学生を対象に、「手作り顕微鏡の作成と観察」や卓上走査型電子顕微鏡を用いて「一万倍のミクロの世界の観察」など、顕微鏡観察を通じて、広く好奇心の醸成につながる企画を準備している。

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