安定とは何か

folder_open天白牧夫, 妙蔵寺たより

2020年秋「妙蔵寺たより 118号」掲載
―妙蔵寺の自然―

NPO法人 三浦半島生物多様性保全理事長
天白牧夫

生き物は自らが生き延びやすくなるように進化し、またその子孫を繁栄させたいと願い繁殖をします。その願いが全て叶うと人口爆発を起こしますが、生態学的にはこれは破滅の始まりと考えられています。

大きな動物・虫・プランクトン・菌類に至るまで、ある種の生き物の増減の状況から周囲の環境との関係や将来の個体数の予測などまで行う研究分野を個体群動態といい、今まさに日本で行われている国勢調査もこれの一種と言えます。

例えばシカと草の関係について考えてみましょう。シカが増えれば餌として消費される草は減ります。草が減ればシカは飢えて減ります。シカが減れば草は生い茂り、草が増えればシカはそれを食べて増殖します。そうやって生き物の数は絶えず波打ちながら、長期的に見れば一直線に近い形で推移している状況が安定的な状況と言えます。そこに、本来大地が持っている力以上のアクション、例えば人が草原にたくさん化学肥料を与えたとしましょう。草は大繁殖してそれを追うようにかつてないほどにシカも増殖します。しかし土地自体が大きくなるわけではないので、あるところで必ず頭打ちになります。そして資源が枯渇し、シカは(飢えか、水不足か、病気の蔓延か、理由は何であれ)大激減することになります。そのとき、繁殖相手を自力で見つけられないくらいにまで減ってしまえば、やがて絶滅という結末が待っているのです。

妙藏寺にもたびたび訪れるカルガモは、1回に10個程度の卵を産み、親鳥とほぼ同じ大きさになるまで子育てをします。平作川などで観察していると、最初10羽いた可愛いヒナが日に日に少なくなっていく光景に胸を痛めた人もいるのではないかと思います。ただし、本来であれば1つのつがいの生涯で2羽の次世代が育てば、人口的には安定していることになります。毎年10個の卵をそろえた巣を10年間営み続ければ、このつがいから生まれるのは最大で100羽ということになりますが、卵をヘビに呑まれたり、ヒナをカラスに食べられたりして、多くは大人になる前に何かの餌になります。そしてその修羅場をかいくぐった、特に能力の高いわずか2%の個体が次世代のカルガモ社会を担っていけば良いのですが、最近カルガモは目立って増えてきています。それは、天敵の猛禽類やイタチなどが減っていること、鴨猟をするハンターが減ったこと、都市ではカルガモの子育てを人が手厚く保護していることなどによるものでしょう。カルガモの1羽1羽にとっては、自分の命が助かるチャンスが増えるのですからこんなありがたいことはありません。ただしカルガモの種族にとっては、本来淘汰されていた弱い遺伝子が残ってしまうということは、全体的なポテンシャルを下げることにもなりかねません。かつては人が寝静まった夜にこそこそと田んぼの落ち穂を拾いに来て、日中人と出くわすことなどまずなかったカルガモが、最近は昼間から至近距離にいても逃げようともせず、田んぼのオタマジャクシを全部食べてしまっています。身近な野生動物が増えてほほえましい半面、何か手放しでは喜べない不安も感じています。

生き物の世界において安定とは、生と死が同じ数であること、その振れ幅が少ないことではないかと個人的には考えています。それは、過去に地球上で大繁栄した生物が絶滅している一方で、細々と生き伸びるサンショウウオは1億年もその形態を変えていないことからもよく理解できるのではないでしょうか。経済界で言われるような、「安定的に成長」などということは生物の世界ではあり得ません。人も生物の一員であるならばその原則が当てはまると思うのですが、1万年前から200年前まで地球のヒトの人口はわずか10億人以下でした。弥生時代や江戸時代の人が不幸だったかと問われれば、確かに肉体的には大変なことが多かったのでしょうが幸せを感じて精神的には豊かに生活していたでしょうし、今の日本のように毎年2万人が自ら命を絶たなければならないような社会ではなかったはずです。有史以前からゆるやかに増加してきたヒトですが、高度経済成長期以降の都市文明は狂気じみているとさえ感じます。このままヒトの世界が拡大し続けることで将来に待ち受ける破滅は刻々と近づいてくるのですが…。繁栄と安定は相反するものと、あらためて確認する必要がありそうです。

天白 牧夫(てんぱくまきお)

天白牧夫

博士(生物資源科学)
NPO法人 三浦半島生物多様性保全 代表

1986年、横須賀市阿部倉で生まれ育つ。
中学生の頃、環境保全活動家の柴田敏隆氏に出会い、師事。三浦半島で自然観察会や里山保全活動を展開しつつ、妙蔵寺の活動理念に深く賛同し周辺の自然環境の保全について提案、実践している。研究者としては大学3年時から爬虫類・両棲類の景観生態学的研究を進め、現在に至る。NPO法人では、三浦半島で最も危機的な自然は谷戸田を中心とする農村環境であるととらえ、企業や行政と連携し、市内各所で復田と環境学習に取り組んでいる。

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