2021年3月20日「妙蔵寺たより 119号」掲載
―妙蔵寺の自然―
NPO法人 三浦半島生物多様性保全理事長
天白牧夫
最近「トウキョウサンショウウオの卵を見つけたので保護した」というような問い合わせが来ました。よくよく聞いてみると、飼い方も餌も知らないそうです。また、卵を採集した場所はサンショウウオの親もたくさんいて健全に繁殖できている場所のようです。この場合、飼育技能の無い人の手を借りてまでトウキョウサンショウウオを回収しなくてはならない必然性はありません。逆にそのままにしておいた方が、飼い殺しのリスクを避けられたかも知れません。
この程度の事例は可愛いほうで、「A町のサンショウウオを増やしてB市の自然豊かな水辺に勝手に放す」ような人もいます。A町の既存の生息地の環境が悪化していたりB市にかつて生息していたことなどに思いを馳せて、この人としては良いことをしているつもりでやっているのだと思います。ただし、トウキョウサンショウウオは狭い三浦半島の中であっても地区ごとに異なる遺伝子型に分かれるほど、遺伝的多様性の豊かな生物で、生物の本来持つ移動能力を超えた運搬をいたずらに人がすることは、かえって攪乱につながるのです。おそらく近年このあたりでも見つかっているモリアオガエルも、絶滅危惧種=いつでもどこでも増やそう、というような考えで三浦半島に持ち込まれているのだと思います。
あるいはこれからのシーズン、野鳥がそこかしこで巣作りをしますが、まだ上手に飛べず体を震わして口を開けているだけのヒナを見つけて、迷子だと思って保護してしまう人が後を絶ちません。巣立ちまもないヒナはまだ上手に飛べませんし、体を震わして口を開けているのは親鳥に餌をせがむアピールです。必ず親鳥が近くで見守っていますが、人間が怖くて姿を現せないのです。羽毛も生えていないような孵化まもないヒナは別として、このような状況のヒナを拾ってはいけません。親鳥がようやく巣立ちまで育て上げたヒナを誘拐することになるからです。誘拐した人は、親鳥と同じように、若葉をおなかいっぱい飲み込んだイモムシを一時間に何匹もそのヒナに与えることができるでしょうか。もちろん米やミルワームを与えればすぐに栄養失調で死んでしまいます。
また、貴重な三浦メダカと称して学校に配り、子どもたちが一生懸命に保護増殖に励んでいるところも多いと思います。水を差すようですが、そこから何割かの割合で観賞魚のヒメダカが生まれることがあります。既に混濁していて、このままの状態で増殖しても系統の保存にはあまり意味のない集団なのです。またそれを誰かが既存の水辺に放流して、ある日発見され、それがどのような素性のものなのか評価に困る、という調査員泣かせの状況に陥ります。何より、大切なものだと信じて一生懸命に世話をしていた生徒が一番気の毒です。
最たるものが地域ネコ活動で、せっかく捕まえた野良猫に避妊手術をしてまた野外に放してしまうのです。新たに産ませないのは良いとして、その個体が食料とする小鳥や野ネズミへの影響は変わりません。ネコは人間のコンパニオンアニマルであって、人と共に暮らすことでお互い幸せになります。ネコが野外で自由に暮らすというのは、大楠山にホルスタインやニワトリが跋扈(ばっこ)しているようなものです。日本のネコがリビアヤマネコを品種改良して作られた外来種であることを知る人はほとんどいません。
このような行いのことを、善意による自然破壊と呼んで、自分たち環境保全活動家への戒めも含め常に気をつけています。自然相手ではなくとも、知らずにやっていたことが実は罪に問われるものだった、ということもあるかと思います。かつて人が生態系の一員だったころ、人は自然環境に対して考えなしに何かしてもあまり大きな影響はありませんでした。ところが今は、人があまりにも大きな力を持ちすぎていて、本当に環境に優しく生きたいのであれば何をするにも相当抑制的に検証しながら生活をしていく心構えが必要でしょう。
天白 牧夫(てんぱくまきお)
博士(生物資源科学)
NPO法人 三浦半島生物多様性保全 代表
1986年、横須賀市阿部倉で生まれ育つ。
中学生の頃、環境保全活動家の柴田敏隆氏に出会い、師事。三浦半島で自然観察会や里山保全活動を展開しつつ、妙蔵寺の活動理念に深く賛同し周辺の自然環境の保全について提案、実践している。研究者としては大学3年時から爬虫類・両棲類の景観生態学的研究を進め、現在に至る。NPO法人では、三浦半島で最も危機的な自然は谷戸田を中心とする農村環境であるととらえ、企業や行政と連携し、市内各所で復田と環境学習に取り組んでいる。