自己満足 対 自己満足

folder_open天白牧夫, 妙蔵寺たより

2022年9月「妙蔵寺たより 123号」掲載
―妙蔵寺の自然―

NPO法人 三浦半島生物多様性保全理事長
天白牧夫

三浦半島で最も減少している環境に、里山の自然環境があります。わずか30年前と比較しても、明らかに池上の生物相は貧弱になっています。たとえば当時は虫取りに行くと全部の指に挟んでも足りないくらいの赤トンボが捕れましたし、小さな虫かごがぎゅうぎゅうになるほどセミを詰め込みました。隣の家のブロック塀にアマガエルがいつもくっついていました。今、池上に住む小学生に聞いてもこんな体験を地域で出来ている人はいません。これらの生き物はみな人がある程度自然に手を入れて、土を耕したり林を間伐したり水を引き込んだりして、いわば小さな擦り傷を自然環境に与えたときにそれを治そうとして盛り上がってくる生き物です。里山の生態系とは、自然の適度な再生能力の上に成り立っています。これが今、山では全く人が手入れをしなくなり、逆に平場は大きな幹線道路や住宅地の造成など次元の違う改変が行われています。現代社会は自然環境に対して小さな擦り傷を与えるようなアクションではなく、全く触れもしないか、致命的な大けがを負わすかの二択になっているように思います。

それでは三浦半島に人の社会ができあがる前は、里山に生息するような生き物がいなかったのかというと、そうではありません。化石や遺跡からは、当然今よりも遙かに豊かな生態系が築かれていた証拠が出てきています。ではなぜ、人により自然環境に対し小さな擦り傷を与えるようなアクションがない古代でも里山の生き物が盛り上がっていたのでしょうか。その原因は自然災害です。三浦半島は海底から隆起して出来た大地ですから、盛り上がっては崩れを絶えず繰り返しています。そうでなければヒマラヤのようにどんどん高くなってしまいます。大小の洪水や地滑りが頻繁に起き、そのたびに山の植生の一部がリセットされたり、新たな湿地が出来たりしていました。トウキョウサンショウウオもカブトムシも、このような定期的にリフレッシュされる環境が大好きです。正確に言うと、崩れた場所にはいち早くその土地を占領しようとして成長の早い植物や微生物が一気に入り込みます。そうすると、そのものすごい生産性に惹かれてそれを食べる生き物が一気に増え、と言った具合に生態系全体が盛り上がってくるのです。その定期的に自然環境をリフレッシュする機能を自然災害から引き継いだのが里山の人間でした。

私たちの団体では、里山の人々が何千年とやっていた作業をそのまま継承し、生き物の盛り上がりを後押ししたいと思っています。せめて、この時代で生態系が完全に崩落するのを横目で見ているだけではなく、不時着くらいにはしたいなと思っています。一方で、その考えは個人的な認識に過ぎないという見方も出来ます。天が与える災害を人が肩代わりする、生き物は里山管理を肯定的に捉えているというのは、単なる独りよがりかもしれません。少なくとも自分が生きているうちは神様に災害のことを教えてもらうことは出来ないでしょうし、生き物に今どう思っているかインタビューすることもできません。どんなに状況証拠を集めたところで、生態系修復活動家という人の自己満足でしかないのです。

最近アウトドアのアイテムの発展がめざましく、優秀な製品がかなりリーズナブルに手に入るようになりました。キャンプ用品やトレッキング用品だけでなく、撮影機材でもそうです。野鳥や野草の綺麗な写真を自分で撮りたい愛好家が非常に増えてきました。かつてはテレビの特集番組や写真展でした見られなかったものが、自分たちでも同じようなものが撮影できるようになり、プロのカメラマンとの溝が狭まっているように思います。いわばプロフェッショナルな機材を持った素人が、自然環境の中になだれ込んでいます。綺麗な鳥の写真を自分で撮りたいという彼らの願望を達成するために、構図の邪魔になる木を切ったり、餌付けをしたり、逆にヒナに餌を運ぶ親鳥の邪魔をしたりして、野生生物にどう思われているかなどお構いなしに自己満足の世界に浸っています。もちろん彼らが法律やルールに反しているという問題はありますが、そうでなくとも環境保全の人と、こうした野鳥に迷惑をかける人とは当然対立が起こります。しかし極論をすれば人間の自己満足同士の戦いでしかないのかも知れません。その答えは生き物たちだけが知っています。生き物たちは言葉や表情で我々に語りかけることは出来ません。我々への意思表示は、自身が生きるか死ぬか、命を使った一生に1回限りの機会しか持ち合わせていないのです。

天白 牧夫(てんぱくまきお)

天白牧夫

博士(生物資源科学)
NPO法人 三浦半島生物多様性保全 代表

1986年、横須賀市阿部倉で生まれ育つ。
中学生の頃、環境保全活動家の柴田敏隆氏に出会い、師事。三浦半島で自然観察会や里山保全活動を展開しつつ、妙蔵寺の活動理念に深く賛同し周辺の自然環境の保全について提案、実践している。研究者としては大学3年時から爬虫類・両棲類の景観生態学的研究を進め、現在に至る。NPO法人では、三浦半島で最も危機的な自然は谷戸田を中心とする農村環境であるととらえ、企業や行政と連携し、市内各所で復田と環境学習に取り組んでいる。

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