手当てなのか、干渉なのか(後編)

folder_open天白牧夫, 妙蔵寺たより

2019年3月「妙蔵寺たより 113号」掲載
―妙蔵寺の自然―

NPO法人 三浦半島生物多様性保全理事長
天白牧夫

前号でご紹介したように、コナラの大木が突然枯れてしまう楢枯れ病が三浦半島で目立つようになってきています。

妙藏寺の山でも例に漏れず、コナラの老木へ足を伸ばせば地表にはキクイムシの食べかす(フラス)が山のように積もっていて、既に枯れ木となっていました。コナラの大木の多かった妙藏寺の山も、これから大きく様変わりすることでしょう。

大楠山や武山では、コナラよりもマテバシイという常緑樹の森の方が多いように思います。マテバシイは、かつてノリヒビ(海苔の養殖に使う支柱)の資材にもするために積極的に山に植えていた木です。まっすぐで海水にも強いため使い勝手が良く、数百年前に九州から導入した植物だそうです。
当時は直径15センチ以下となる20年程度の周期で伐採して利用していたため、常緑樹であっても常に樹齢の若い林で、林の中にもヤマユリやエビネやヤマツツジが無数に咲き乱れていたと聞いています。
かつては漁業と林業が密接に関係していたのです。もちろん今ではマテバシイを使って海苔を養殖しているところはありませんし、大楠山や武山の木が薪として大々的に伐採されることは無くなりました。このため、半世紀以上放置されたマテバシイは巨木化し、常緑樹のため林の中は真っ暗で、堅い落ち葉は何年も分解されずに堆積します。木の重みに薄い土壌が絶えきれずに崩落することが頻発するようになりました。
大楠山も武山も、根からひっくり返ったマテバシイが目立つようになり、長い目で見れば森全体が代替わりすることとなります。ところが楢枯れ病の原因となるカシノナガキクイムシは、マテバシイの老木まで食べるようになったのです。マテバシイの植林地が深刻な地滑りを起こす前に、どんどん立ち枯れするようになってきました。森を覆っていた葉が落ちれば地面に再び陽が差し、新しい植物が芽吹くことができます。植生の識者の中では、この病気の蔓延を密かに歓迎する声も聞かれます。

世間では、今まで深山幽谷の趣のあった山の木が突然枯れ始めたことで、慌ててこの病気を根絶させようと躍起になっています。

しかし私には、楢枯れ病は異常に肥大し老化し行き詰まった森に風穴を開けてくれる救世主のように見えてなりません。

ナラ枯れの木、根元に木の粉が積もっている

根もとにフラス(木の粉)が積もっていれば、虫が入っているしるし

楢枯れ病は老化した樹木がある限りは続くはずですが、仮にこの病気を根絶したとして、一体誰がどれほどの労力をかけて老齢癌化した森を若々しくさせることができるのでしょうか。
さらに、今行われている楢枯れ病対策は、木に殺虫剤を打ち込み、周辺のあらゆる昆虫を殺すというやり方です。もちろんクワガタやタマムシもやられますし、肝心のキクイムシはそれでも8割しか駆除できず、樹木は薬剤にやられて枯れてしまうのだそうです。これでは非常に粗末な方法といわざるを得ません。コストをかけて楢枯れ病を無くそうとするために森をだめにし、さらにコストをかけて林を若返らせるのか、楢枯れ病に任せて林を若返らせるのかと考えれば、自ずと方向性は見えてくるはずです。これこそ、自然環境の力が自然環境を軌道修正して私たちを助けてくれる、生態系サービスではないかと思います。

野生動物であっても同じように、人里でよく見かけるタヌキも疥癬(かいせん)という病気にかかり、毛が抜けて哀れにも象のような皮膚になったものが現れます。これもセンコウヒゼンダニという寄生虫が媒介する自然の病気です。タヌキの場合、実は多くがこのダニを体につけて生活しています。そして飢えたり老いたりして免疫力が低下したとき、疥癬症を発症して寒さをしのげなくなり死ぬのです。
逆に、元気な個体はダニに寄生されていても疥癬症にはなりません。こうしてタヌキは、弱い個体は速やかに切り捨てられて種族としての生存能力を強く維持しているのです。私はここに、お釈迦様の慈悲の心を感じますし、日本人が持つ自然観との調和を感じています。かわいそうだからと人が保護して、抗生物質を与えて野性に返してしまったら、本来死ぬ運命だった弱い個体を生存させてしまった――強い個体が独占して厳しい冬を乗り切るはずの餌や縄張りなどの限られた資源が目減りし、種族としての力を全体的にひ弱にさせる結果を招く可能性があります。

一方で人間が原因で新たに招いた危機(松枯れ病、外来生物、ヒートアイランドなど)は、これまでの地域の命の循環とは別のものですので、人間の責任で取り除く必要があります。しかし環境保全のために外来生物の駆除をすることは、決して蜘蛛の糸を垂らすお釈迦様の成り代わりでは無く、カンダタが生前に犯している罪の一つのようなものに過ぎません。それでも私は、人の罪で生まれた外来生物をさらに罪の上塗りをもって駆除しようとも、三浦半島本来の生き物の平穏を願わずにはいられません。日本列島の生き物が数千万年歩んできた道をわずか半世紀で壊滅的にしているという歴史の重みが、そうさせているのかも知れません。

妙蔵寺では、このような運命をたどることとなった三浦半島の外来生物への法要を毎年行っています。

天白 牧夫(てんぱくまきお)

天白牧夫

博士(生物資源科学)
NPO法人 三浦半島生物多様性保全 代表

1986年、横須賀市阿部倉で生まれ育つ。
中学生の頃、環境保全活動家の柴田敏隆氏に出会い、師事。三浦半島で自然観察会や里山保全活動を展開しつつ、妙蔵寺の活動理念に深く賛同し周辺の自然環境の保全について提案、実践している。研究者としては大学3年時から爬虫類・両棲類の景観生態学的研究を進め、現在に至る。NPO法人では、三浦半島で最も危機的な自然は谷戸田を中心とする農村環境であるととらえ、企業や行政と連携し、市内各所で復田と環境学習に取り組んでいる。

Tags:

関連記事

メニュー