この1年間で、当たり前と思っていたことが次々と変化しています。日常生活の基盤となるはずの政治や経済・教育・文化などの総称である社会が、脆いものであることが明らかになったように感じます。
生命誌研究者の中村桂子博士は、この現代社会がもつ脆弱さの原因として
「人間は生きものであり、自然の一部である」ということに目を向けてこなかった
と述べられています。あまりにも当然すぎて、意識をすることもないようなことですが、この根本的なことが見過ごされてきたことが現状につながっているというのです。そして
生きものとして生きるという基本を認識することが重要であり、変わるというよりは基本に還ることになる
とこれから私たちがとるべき姿勢を記されています。
翻って考えますと、私たちは情報や物質に囲まれ、自分の外に体や意識を傾ける時間が圧倒的に多くなりました。便利になった分、本来なら空くはずの時間にも、それを埋める情報やツールがあふれています。その結果、自分の内側を見つめることがなくなり、「実感」することによってしか受け止めることのできない「命」や「生きる」といった根源的なことまで「知っている」こととして心の奥に片づけてしまっているように思えるのです。
10年目となる震災やこの1年の変化は理論や言葉だけでは受け止めることはできません。各人が自分のこととして心で向き合って「実感」し、それを共有して言動に活かすことで、これからの社会をつくっていくことになります。中村博士の言葉は、私たちの心のあり方がその基本として問われているととらえる事ができます。「心の建て直し」が求められているのです。
本年ご降誕から800年となる日蓮聖人の時代も、社会的混乱や頻発する地震等の自然災害、感染症の流行等によって不安や恐れに覆われておりました。聖人は、そうした中で「心の建て直し」によって人が人らしく生きることを「実感」できる心の地図として『法華経』を実践されました。
一人ひとりの存在が社会をつくる力となります。現在の問題は今を生きる私たちにしか向き合うことはできません。この地図を指針としながら800年の節目を再スタート地点とし、「心の建て直し」を通して「安心」へ向けて歩んでまいりましょう。
※引用文『ウイルスとは何か』藤原書店
村上陽一郎, 中村桂子, 西垣通
2021年春「妙蔵寺たより 119号」掲載