「人間らしさ」がつくるもの

folder_open妙蔵寺コラム, 妙蔵寺たより

○昨今、私たちが目の当たりにしている出来事は、これまでとは違う何かを感じさせるものになっている気がします。

○昭和の世界大戦以降、色々な事件や事故・災害等がおこっても、基本的には「安全な国」が前提であまり意識する必要がなく、そこから先の個を追求する価値観で生活することができていました。今、その土台が揺らいでいるように感じるのです。

○これまで当たり前にあった「安全」を、これからは自分たちが意識してつくっていかなければならない状態になっているのではないでしょうか。

◯「安全」は「安らかで危険のないこと、平穏無事、物事が損傷したり危害を受けたりするおそれのないこと(『広辞苑』)」とあります。こうした状況や環境は1人でつくれるものではありません。まわりの人との違いや差を、お互いに距離やバランスをとったり、許容したりしながら模索していくことが不可欠です。これはとても難しいことですが、私たちにはそれができる理由があります。

◯人間はこの地球の生き物のひとつです。生物学的にみると、人間とチンパンジーの遺伝子の98.5%は同じだそうです。種としてはとても似通っていますが、姿かたち以外で決定的に違うことがあるそうです。それは他の人に自分を投影してとらえることができる、相手の立場を想像して考え、行動することができる点です。言い換えれば、それが人間の特徴であり、「人間らしさ」ということになります。

◯人と人の間に違いや差がある中で、「安全」な状況や環境をつくっていくために必要な「人間らしさ」を、私たちは元々持っているのです。それを発揮することを仏教では「布施」という言葉で表しています。自分ができることを他に施すというもので、安心・安穏な心になるための行いです。その中でも人に恐れや不安をおこさせず、安心を与える「無畏施(むいせ)」というものがあります。

◯未曽有の出来事や、社会の大きな変化、この先の見通しなど、不安要素が多くなっている今、誰もが自分自身のことで精一杯の状況になっています。だからこそ、人間としての原点を再認識することが大切なのです。

◯笑顔や挨拶・声掛けなど、まわりへのちょっとした気遣いが「無畏施」となり、違いや差を埋めて自分自身の「安全」をつくる要素になります。「人間らしさ」の輪を広げていきましょう。

2022年9月「妙蔵寺たより 123号」掲載

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