2022年4月「妙蔵寺たより 122号」掲載
―妙蔵寺の自然―
NPO法人 三浦半島生物多様性保全理事長
天白牧夫
お彼岸のころを境に、黄昏時になると街灯などに蛾や蠅に混ざってコウモリがくるくると飛び回る様子は、気をつけていれば市内どこでも普通に見られるかと思います。このコウモリはアブラコウモリ(別名イエコウモリ)という種類で、木造家屋の天井裏や雨戸の戸袋などで日中過ごし、夜になると小さな虫を食べるために活動しているものです。イエコウモリと呼ばれるだけあって、人工構造物の中にねぐらをとることがほとんどで、洞窟や木のうろなどにはあまり入りません。イエネズミ(ハツカネズミ、ドブネズミ、クマネズミ)と同じように、地球上での人間の分布拡大とともに勢力を拡げていったと思われます。
アブラコウモリは蚊や蠅、小さな蛾など飛ぶ虫しか食べません。西洋ではコウモリは忌み嫌われていますが、吸血鬼ドラキュラに飛躍したようなチスイコウモリは日本にはいません。ラーメンのどんぶりにも描かれているように東洋ではどちらかというと有益な生き物のイメージです。もっとも家屋の中に住み着いてしまえば、糞などで汚染されますし、ダニから病気を媒介される危険性はあるので、全く無害というわけではないかもしれません。
ところで、人間に依存しているアブラコウモリではなく、本来の野生動物としてのコウモリは三浦半島ではもうあまりお目にかかることは出来ません。鍾乳洞などの自然の洞窟が発達している山岳地帯では、キクガシラコウモリ、コキクガシラコウモリ、ウサギコウモリ、オヒキコウモリなど様々な種類のコウモリが生息しています。沖縄や小笠原諸島ではカラスほどの大きさのあるオオコウモリが生息しています。実は三浦半島では、池子の森や油壺の洞窟にユビナガコウモリという在来種がまだ生息していますが、数は多くいないようです。また、かつては坂本中学内の暗渠にモモジロコウモリが生息していたそうですが、今はもう見られません。どちらもアブラコウモリと違って森の中を颯爽と飛び回り、人前に出てくることはまずありません。また、「コウモリ穴蔵」と呼ばれていた場所が三浦半島内にいくつかあり、かつては何かしらの野生のコウモリが生息していたのだと思われます。
アブラコウモリやイエネズミ、犬、ハトのように、世界中のどんな町でも普通に見られる生き物をコスモポリタンと呼んだりもします。一方で、地域の固有種で地域独自の自然環境に依存している在来種は、適した生息環境が町に変わってしまえば生きていくことは出来ません。コウモリという動物群は三浦半島ではそれなりの数がいますが、アブラコウモリ以外の在来のコウモリはほぼ壊滅状態と言っても過言ではありません。ネズミも、イエネズミ類はたくさんいますが、在来のカヤネズミやハタネズミは絶えてしまいました。犬はたくさんいてもニホンオオカミはもうどこにもいません。ドバトは駅前にたくさんいますがカラスバトは絶滅してしまいましたしアオバトは滅多に出会えません。
同じように、三浦半島で生活している人間は、ほぼみんな都市住民で、洋服を着てスマホを持って電車に乗ってコンビニで買い物をしています。毎年の初午の日に何をするとか、どんな田植え歌を歌って稲を植えるとか、地域独自の伝統的な方法で暮らしている人はほとんどいないのではないでしょうか。失われゆく自然や文化が目の前にあるとわかってしまったとき、映像や書物や博物館などで記録として残すのが専らの対応でした。個人的にはそれではまったく安堵できないし、まるで処刑人か看取りのようで自分にはとてもその選択をする勇気もありません。自然も文化も、生き生きとしてこそだと思います。少しの工夫や努力で現物が残せるなら、ぜひそうしたいと思っています。
天白 牧夫(てんぱくまきお)
博士(生物資源科学)
NPO法人 三浦半島生物多様性保全 代表
1986年、横須賀市阿部倉で生まれ育つ。
中学生の頃、環境保全活動家の柴田敏隆氏に出会い、師事。三浦半島で自然観察会や里山保全活動を展開しつつ、妙蔵寺の活動理念に深く賛同し周辺の自然環境の保全について提案、実践している。研究者としては大学3年時から爬虫類・両棲類の景観生態学的研究を進め、現在に至る。NPO法人では、三浦半島で最も危機的な自然は谷戸田を中心とする農村環境であるととらえ、企業や行政と連携し、市内各所で復田と環境学習に取り組んでいる。