「ともしび」になろう

folder_open妙蔵寺コラム, 妙蔵寺たより

〇安全や平和が当たり前という意識で生きてきた私たちですが、これまで天災や疫病によって簡単にそれが崩れる姿を見てきました。今また戦争によってそれを思い知らされる事態になっています。

〇刻々と変化する世界の情勢は、どうなっていくのか少し先のことでも不透明ですが、確実に言えることは、不安や怒り・悲しみ・恐れなど、負の感情が増幅されているということです。

〇私たちが生きていく上での前提条件が変わりつつある今、状況に応じた心構えやとらえ方の土台となる根本的なことを今一度見つめる必要があります。

〇「見つめる」というのはこの場合、自分から外を見る視点だけではなく、俯瞰したりさまざまな角度や距離で自分に焦点をあてて存在を確認し、再認識することです。

〇『人身は受けがたし、爪の上の土人身は持ちがたし、草の上の露』日蓮聖人は、私たち人間をこのように表しました。すべての生命の中で人間として生まれるのは、この世の中にある土のうち、わずか爪の上に乗るほどであること。そして草の上の露が、露として存在する事が大変であるように、何事もなく平穏に生きていくことが如何に困難なことであるのかを表した言葉です。
普通に生きているように思っていても、人間としての「いのち」は本当に奇跡的なバランスの上に成り立っていることに気付かされます。

〇安全や平和な状態が希有であり、そこに自分が人間の「いのち」として存在していることを実感し、再認識することが先行き不透明な状況に対応していく上での大切な根本となります。

〇この根本を持ちながら、人間としてできることを実行することが、不安や怖れの闇を照らす「ともしび」となります。一人ひとりでは小さなものですが、自分自身が「ともしび」となって、まわりの人を照らし、まわりの人の「ともしび」に自分が照らされることで大きな光となります。

〇不安や怖れをすっかり消すことは容易ではありませんが、心が覆い尽くされないようにすることはできます。人間は弱いからこそ問題を共有して共感し、協力して克服してきました。力を合わせてこれからを進んでまいりましょう。

2022年4月「妙蔵寺たより 122号」掲載

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